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高松高等裁判所 昭和57年(ネ)7号 判決

控訴人

甲野一郎

右訴訟代理人

田中達也

被控訴人

乙山二郎

主文

1  原判決を次のとおり変更する。

2  被控訴人は控訴人に対し、金九〇六万八五〇〇円の支払を受けるのと引換に別紙目録記載の不動産につき昭和五五年一月二〇日の売買を原因とする所有権移転登記手続をなし、かつ右不動産を引渡せ。

3  控訴人のその余の請求を棄却する。

4  訴訟費用は第一、二審を通じ控訴人被控訴人の均等負担とする。

事実

一  控訴人は、「原判決を次のとおり変更する。被控訴人は控訴人に対し、控訴人から金五五〇万円の支払を受けるのと引換えに、別紙目録記載の各不動産につき、昭和五五年一月二〇日売買を原因とする所有権移転登記手続をし、かつ、右各不動産を引渡せ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決及び右不動産の引渡しを求める部分につき仮執行の宣言を求め、被控訴人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

二  当事者双方の主張は、次に付加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

(控訴人)

1  本件売買については、売買代金を一五五〇万円にして税の申告をする契約があり、同代金額により被控訴人に対し課税される譲渡税額を控訴人において負担する旨約したものである。

2  原判決は、譲渡証(甲第五号証)に「譲渡金額譲渡税抜金額一金一千五百五十万円」と記載があること、領収書(甲第六号証の二)但書に「手取一五五〇万円の内金」との記載があることを重視し、{(1550万円+X)×0.95−100万円}×0.26=X

なる方程式を解いてXなる税額を算出して、これと一五五〇万円とを合計した額が結局売買代金額であるとするものである。

しかし、実際には、訴外安永明生こと安永輝好を介して電話連絡によつて本件売買契約が成立し、控訴人が売買代金の内金として金五〇〇万円を送金したのに対して、被控訴人が、送金支払がなされた昭和五五年一月二〇日の日付で、後日、甲第五号証及び甲第六号証の二を作成して控訴人に送付して来たものであり、したがつて、売買契約が成立に至るまでの電話での話の内容にこそ重点が置かれなければならない。すなわち、本件土地の契約当時の時価相場は、坪当り単価八万円程度であつて、一七〇坪余で一三六〇万円程度であり、地上家屋は大した価値は認められなかつたところから、間に立つた訴外安永は被控訴人の売り値を聞いて当初は売買の成立に悲観的であつたが、控訴人宅の隣地であつて控訴人としては出来得れば買入れたいとの希望があつたところから一五五〇万円という金額でさえ時価以上であつたのにそのうえ税金負担という条件を呑んで契約するに至つたものである。

仲に立つた訴外安永自身が一五五〇万円を売買代金として申告し、これに対して課せられる税金を控訴人の負担とすることが、被控訴人のいう「手取一五五〇万円」であると理解し更にその税額の軽減の方途について話し合つていることが明らかである。したがつて専ら訴外安永との電話でしか話を聞いていない控訴人としては「売買代金を一五五〇万円として申告する場合の税額」を最高限度として一五五〇万円以外の負担を理解したのは当然であり、一方、被控訴人と訴外安永とは直接面談しているのであるからその間の意思の疎通は充分になされ得たはずであり、訴外安永の右認識からして当時は被控訴人も一五五〇万円で申告した場合の税額負担を脳裡においていたことは明らかである。もし当時から被控訴人が前記のような数式を念頭において極めて厳密な意味での「手取り」を要求していたのなら、当然その数式やその場合の税額の予想額が話題に出たはずであるが、そのような話題は全く出ず、専ら一五五〇万円で申告した場合の税額予想が問題となつていたことから考えても明らかなことといわねばならない。

要するに、本件契約は、売買代金を一五五〇万円と約定し、この金額で申告した場合の税金を控訴人が負担する旨の契約とみるべきものであり、被控訴人もそれで手取金額は一五五〇万円になると考えていたものにすぎない。仮に、その手取金額の認識が誤つていたとしても、前記のような本件土地の実際の時価や話合の経過から考えてその認識の誤りによつて生ずる負担は被控訴人において甘受するのが公平な結論であると信ずる。また、本来売買に伴う税金は代金を受領する売主に対して賦課されるものであつて売主が負担するのが当然であるが、時として例外的に売主が税金負担を嫌い、これを買主に負担させる約定をすることがある。しかし、このような約定でさえ正常な取引を阻害するものとして批判されるべきものであるのに、原審の結論ではこれを上廻る利得を売主にもたらす結果となるものであつて、合理的な解決とは到底いえないものである。

(被控訴人)

控訴人の前記1の主張事実を否認する。ただし、売買代金を一五五〇万円にして申告すると、二〇一六万九三二〇円と一五五〇万円との差額について贈与税が賦課されることになるが、右贈与税を控訴人が負担するのであれば、そうした申告をしてもよいと言つたことはある。しかし、控訴人は、右申出に応じなかつた。

三 〈証拠関係省略〉

理由

一昭和五五年一月二〇日被控訴人と控訴人間において別紙目録記載の本件物件を譲渡税控訴人負担とする売買契約が成立したこと、右同日と同年四月二二日に控訴人が被控訴人に金五〇〇万円ずつ合計一〇〇〇万円を支払つたことは当事者間に争いがない。

二右の争いのない事実及び〈証拠〉によると次の事実が認められる。

1  控訴人被控訴人は別紙目録にある本件物件のある徳島県名西郡石井町高川原出身で、もとは隣同士でかつ親戚であるところ、被控訴人はつとに郷里を出て芦屋市に住んでいたので昭和五四年一二月ころ訴外安永輝好に対し周辺の土地が道路用に買収されたときの坪単価八万円を参考に税抜きで一六五〇万ないし一六六〇万円で買う人はないかと申込んだ。

2  安永はこの話を控訴人に伝えたところ控訴人は坪数は一七〇坪で公簿上のものと一致して繩延もないところから税金もちでその値は高い、一五五〇万円ならいいから話を進めてくれ、但し税金の申告には坪単価を三万円か五万円で申告しなるだけ税金が少くなるようにしてくれと条件をつけたので、安永が被控訴人にその旨伝えると被控訴人はそれを承諾し、それで税務署が通るかどうか判らないがその話には乗るといい、住民登録を徳島においてあるので税金がかからんと思うがかかつたら頼むということである。この話が始まつてから間もない昭和五五年一月、税金買主もちで売買価格一五五〇万円という合意が成立したので、控訴人は同年一月一四日安永を経て手付金として五〇〇万円を被控訴人に送つた。これに対し被控訴人は同年一月二〇日付の譲渡証と題する書面(甲第五号証)と領収書を安永へ送付した。被控訴人はこの譲渡証に譲渡税抜き一五五〇万円及び控訴人が被控訴人にかかる譲渡税全額を支払うと書き、領収証にも但し手取り一五五〇万円の内金と書いた。安永は被控訴人に対しこの譲渡証の文言は、税金はなるべくかからんようにしようという趣旨に反すると異議を述べたが、被控訴人はそのときはそのときでええようにしようと返事した。控訴人は、そのころ、安永から送られてきた右譲渡証に署名押印をして、これを被控訴人へ送付した。

3  当時控訴人は譲渡税買主負担ということは諒解していたが被控訴人がなるたけ税金が少なくなるよう協力してくれることを承諾しているし、同和対策関係で税金を少なくできる方途もあると考えていたので税金は一〇〇万円位で済むか或はかからぬかも知れぬと思つていた。被控訴人も右譲渡証は送付したところまでは、安永に税金は二、三百万円かかるだろうといい、それ以上に被控訴人がその後や本訴で主張しているように一五五〇万円に税金を上積みしたものを売買価格として税務署に申告しそれによつて算出される税金を控訴人の負担とするという説明をしたことはなく、安永も控訴人も甲第五号証が交付されたときは最大限にみた場合でも一五五〇万円を売買価格として申告した場合の税金を控訴人が負担すると考えていた。

4  昭和五五年四月一二日、被控訴人が郷里である本物件所在地に帰つて来たので、控訴人が御礼をいつたときは、被控訴人は控訴人へ税金はなるだけかからんように協力するといい、被控訴人が持つていた権利証を全部渡したので、控訴人は同年四月二二日、直接被控訴人に代金の内払金五〇〇万円を送金した。

5  控訴人が右内払金五〇〇万円を送つて約一週間後、被控訴人は再び控訴人を訪れ税金分として三〇〇万円出してくれたらすぐ登記するといつたところ、控訴人はそれは契約と異なる一〇〇万円なら認めるといつてこれを断つた。それから数日後折衝のため控訴人が安永とともに芦屋へ被控訴人を訪れたときも、被控訴人は一五五〇万円に税金を上積みしたものを売買価格として税金を計算すると二〇九五万円にもなるのだから、税金をとられてもとられなくても三〇〇万円を追加せよと主張し、それは契約と違うという控訴人、安永と物わかれに終つた。

6  被控訴人は徳島県名西郡石井町の出身であるがつとに芦屋市等に出て生活していたところ昭和四四年七月二日住民登録を出身地に移し、同地で昭和五二年五月二一日まで水道料金を同年四月五日まで電気料金を払つていた。被控訴人は昭和五五年五月二六日住民登録を芦屋市に移し同年一二月一九日再び石井町に移し、同五六年二月二八日再び芦屋市へ住民登録を移した。

7  被控訴人は本訴が原審に係属中の昭和五六年六月二七日、昭和五五年の確定申告分として本税三五八万七四〇〇円、延滞税七万三八〇〇円の合計三六六万一二〇〇円を支払つた。また石井町は昭和五六年六月一日被控訴人に対し地方税として均等割一五〇〇円を含め一〇八万一九二〇円の納税通知を発した。

以上のごとく認められ、当審証人安永輝好の証言にある被控訴人がつとに税金は五〇〇万円位かかるといつていたとある部分はそれが当時控訴人に伝えられそんな多額の税金がかかるといわれたのなら控訴人が本件契約に応じたとは思えないので措信できず、また原審における証人安永輝好の証言と被控訴本人尋問の結果にある被控訴人が過少申告が税務署に発覚した場合は控訴人に責任を負うてくれといつたという部分はそのことが甲第五号証に記載がないこと、これをきいたことがないという原審における控訴本人尋問の結果と比べて措信しがたく、たとえ被控訴人が右のような趣旨のことを安永にいうたとしてもそれは安永に対していうたもので、控訴人に伝えられたとは認めがたい。

三右に認定した事実によると、控訴人が譲渡税を負担する約定で売買価格を一五五〇万円とする契約が成立したのであるが、その税金負担の意味内容を双方が厳密に確定しておかなかつたため本件紛争となつたものであり、被控訴人が作成し控訴人が調印した前記譲渡証の記載文言によつては、被控訴人主張のような税金負担の合意までを表現したものとは解されないし、契約当時の土地価格が坪八万円くらいで総坪数が一七〇坪とすると一三六〇万円であり、被控訴人の提示価格も一六六〇万円であつたことからして多少これより多くなるとしても控訴人が二〇〇〇万円を超える金額でこれを買う契約に応じたとは考えがたいこと、被控訴人は公共用地並に税金がかからない手取りを希望していたが本件土地は公共用地でないからそれと同じというのは無理であること、控訴人が税金負担を約したとしても、それはなるだけ少ない金額の負担に止まるよう望み被控訴人もそれに協力することを約したのであり、かかる取引で税金買主負担ということの通常の意味は目的物件の売買価格すなわち本件では一五五〇万円で申告してそれに課せられる譲渡に伴う税金を買主が負担するという意味であつて、譲渡の価格に税金を上積みしたものを売買価格として譲渡税を算出し、これを買主の負担とするとか、この売買価格で申告した場合に課せられるかも知れぬ贈与税等を買主の負担とすることまでの意味をもつものとは解されず、そういうことまで約定したものなら契約書にそれを明確に記載するなりそのことを十分買主に説明してその承諾を得べきであつたといわねばならない。しかるに、当審証人安永輝好の証言によると、被控訴人は安永に事前にかかる計算方式を口にしたことはなく、安永は甲第五号証が送られてきたとき、甲第五号証にある譲渡税のことは当初の契約と違うと被控訴人に異議を述べたところ、被控訴人はそのときはそのときでええようにしようとあいまいにしていたことが認められ、甲第五号証には譲渡税抜譲渡金額が一五五〇万円及び譲渡税全額を控訴人が負担支払うとあるのみでそれ以上の詳細な計算根拠の文言はないから、甲第五号証や証人安永輝好の証言によつて被控訴人の主張をそのまま認めることはできない。後に被控訴人が三〇〇万円を要求したのに、被控訴人及び安永がそれを容認しなかつたのは元来被控訴人主張の算定方式ないし金額についての合意がなかつたことを推測させるし、被控訴人が受領書である甲第六号証の二に手取一五五〇万円の内金と書いたとしても右の判断を左右するものではない。

したがつて譲渡税買主負担という意味を厳密に確定しておかなかつたことにつき、控訴人だけに責があるとはみられない本件においては、結果的に本件売買取引に対して前記譲渡税合計四七四万三一二〇円が賦課されたからといつて、その金額を控訴人に負担させるのは相当でないので、本件契約により控訴人が負担すべき譲渡税は国税地方税を合せ次の算式で計算される三五六万八五〇〇円を以て相当であると認める。

(1550万×0.95−100万)×(0.2+0.06)=356万8500

したがつて控訴人が本件売買契約の対価として負担すべき金額は一五五〇万円に三五六万八五〇〇円を加えた一九〇六万八五〇〇円であるところ既に一〇〇〇万円が支払済であることは当事者間に争いがなく、この残代金九〇六万八五〇〇円の支払いと本件物件の所有権移転登記手続と引渡が同時履行の関係にあることは控訴人も争わず甲第五号証の記載からも明らかであるから被控訴人の抗弁は右の限度で理由がありその余は理由がないといわねばならない。

被控訴人は右のような計算では被控訴人に譲渡税とともに贈与税が課せられる虞があるといい、原審もそれと同じ考えであるが、被控訴人が贈与税を負担することになるとしてもそれは被控訴人が控訴人にそのことを十分念達せず契約証書(甲第五号証)に書かなかつたためであり、たとえ被控訴人がそのことを安永まで伝えたとしても控訴人には伝えられずその点の合意がなかつたためであるから、このことにより生ずる不利益を被控訴人が負担するのはやむを得ないと解さざるを得ない。安永は当時控訴人だけの代理人でなく双方の代理をしていたとみるべきであるからこの結論はやむを得ない。

四控訴人は被控訴人が売買代金を坪当り五万円で申告すると約していたから控訴人が負担すべき税金はそれにより算出される金額であるというが、斯様に実際の代金と差のある金額は税務署が是認するとは思えず、かつかかる法令違反の申告によることの主張は公序良俗に反し裁判所の保護を受くべき限りでないのでこの主張は採用できない。

五次に控訴人は被控訴人は租税特別措置法三五条一項による居住用資産の譲渡所得として特別控除が得られ譲渡税はかからなかつたはずであるから控訴人は譲渡税を負担する必要はないといい、本件売買契約当時被控訴人の住民登録が徳島県名西郡石井町にあつたことは前記認定のとおりであるが、原審における証人岩佐透の証言、被控訴本人尋問の結果によると、被控訴人の生活の本拠は芦屋市にあり住民登録上の移動は単なる形式上のもので実体の伴わなかつたことが認められ、このとおり申告しても居住用資産の特別控除が得られたという保障はないので、この点に関する控訴人の主張も採用できない。

六以上のごとく、控訴人の本訴請求は被控訴人に残代金九〇六万八五〇〇円と引換に本件不動産の所有権移転登記手続及び引渡を求める限度において理由があるが、その余は理由がないところ、これと異なる原判決は失当であるから、これをその趣旨に変更してその余の請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第八九条、第九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(菊地博 滝口功 川波利明)

目録〈省略〉

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